セミナー
| 日時 | 2026年1月16日(金)14:00〜16:00 |
|---|---|
| 講師 | 特定非営利活動法人manma 代表理事 越智 未空 |
| 進行 | 一般社団法人WE association 理事 株式会社A&CO 代表取締役社長 三竹 麻子 |
「TOKYO女性経営者塾 by NEW」テーマ型セミナー、2025年度3回目のテーマは「『サステナビリティをビジネスに変える力』~ソーシャルインパクトとテクノロジーで拓く起業の最前線~」です。将来の仕事だけでなく、結婚や子育てを含めた人生設計をどう描くか――。講師は若者が子育て家庭の日常を1日体験する「家族留学」というユニークな事業を展開する特定非営利活動法人manma代表理事の越智未空さん。大学生の時から活動をはじめ、現在は2児の母(第3子妊娠中)として活動する越智さんに、ソーシャルビジネスを持続させるための組織づくりや、思いと収益のバランスについてお話しいただきました。

manmaの事業が始まったきっかけは、自身の学生時代の違和感でした。1994年生まれ、現在31歳の越智さんは、キャリア教育を受けてきた世代。中学校で職場体験をしたり、高校大学でも社会人の話を聞いたりと、将来どんな仕事をしたいかを考える機会はたくさんありました。
「でも、人生は仕事だけじゃない。家庭を持ったらどうなるのか、仕事と子育ての両立はできるのか。そういった『ライフデザイン』を学ぶ機会がありませんでした。参考になるのは親ですが、私の親は60代前半。父親は一つの企業でずっと勤めるサラリーマン、家事育児は主に母が担っていました。終身雇用がなくなりつつある今、フルタイムで共働きで子育てをするイメージが湧かないという方が多いんです」
都市部を中心に核家族化や地域コミュニティの希薄化が進む中、子どもと触れ合った経験がほぼないまま20代になる若者が増えています。SNSでは「ワンオペで死にそう」「子育て大変」「キャリアが犠牲になった」といったネガティブな情報が拡散されやすく、結婚や子育てに前向きになれない社会環境が生まれているといいます。
そこで発想されたのが、大学生や若手社会人が子育て家庭を訪問し、リアルな生活を体験する「家族留学」です。

「家族留学」とは、これからの仕事や結婚・子育てに不安や関心のある若者が、子育て中のご家庭に1日お邪魔して、実際に子育てを体験したり、お父さんお母さんに話を聞きながら自分の将来設計のヒントを得てくるという体験型プログラムです。セミナーでは実際のプログラムの様子を収めた動画が紹介されました。
「シッターサービスとは真逆で、参加者が学びのために料金を払い、受け入れ家庭はボランティアです。これまでに1,000名以上が参加し、受け入れ家庭は全国に約600家庭。『もう一度受け入れたい』というリピート希望率は98%に達しています」
意外なことに、最近は男性の参加者が増えており、現在は約半数が男性だといいます。
「父親は育休なんて取っていないし、周りに家事育児に積極的な男性がいない。そういう人の話を聞きたいという方が参加されます。カップルでは『子供を持ちたい・持ちたくないの価値観が違うので、同じロールモデルを見て話し合うきっかけが欲しい』という方も。決して子供が好きで参加するわけではなく、『結婚して2、3年、二人とも子供を持つことには後ろ向き。でも年齢のこともあって、本当に持たないという選択でいいのか最後に考えたい』というご夫婦もいらっしゃいます」
manmaは「絶対家庭を持った方がいい」「子どもがいた方が幸せ」と言いたい団体ではないと越智さんは強調します。「自分は家庭を持ちたいのか持ちたくないのか、子どもを持ったら仕事はどうしていきたいのか。納得感を持って意思決定ができるような支援をしていきたいのです」

思いのある事業を継続させるために、NPO法人manmaでは、数々の試行錯誤を重ねてきました。「家族留学」という事業は共感が集まりやすい一方で、マネタイズには苦戦。参加費として数千円をいただいていますが、マッチングにかかる人件費やシステム利用料の方が上回ってしまうため、事業単体では赤字が続いているのです。
特に大きな決断だったのが「組織のあり方」。
「manmaには雇用されている従業員はいません。私以外は全員業務委託のメンバーで、現在11名です。財務基盤がなかなか整わなかったので雇用が難しかったんです。自治体の委託事業などは年度によって波があるため、固定費を抱えるリスクを回避し、副業やフリーランスとして関わりたい人とチームを組む形に行き着きました」
業務委託の契約は時給単価制で、毎月作業報告書を提出してもらい実働時間に応じて支払う形式。月の稼働時間は30〜40時間程度に設定していて、採用も求人広告や人材紹介サービスは一切使わず、ホームページやSNSでの発信だけでメンバーが集まってきたといいます。「過去に家族留学に参加したことがある」「受け入れ側だった」という方が応募してくることも多く、事業への共感がベースになっているそうです。
法人格も株式会社からNPO法人へと変更しました。
「最初は株式会社にしましたが、営利追求が第一ではない私たちの事業と『箱』が合っていませんでした。NPO化して寄付型にも挑戦しましたが、私たちが向き合っている社会課題は『そこまで緊急度が高くない』と見られてしまう。子ども食堂や虐待家庭への支援などの方が助成金が採択されやすかった。寄付型はあきらめましたが、NPOはミッションとの整合性が取れ、自治体との連携もしやすくなりました」

後半のトークショーでは、進行の三竹さんから「一番しんどかったことは何ですか?」という質問が投げかけられました。マネタイズの話が何度も出ていたのでお金の問題かと思いきや、越智さんの答えは「組織」でした。
「一番つらかったのは、内部メンバーから『家族留学って本当に価値があるんですか?』と疑問を持たれた時です。『何万人にも届いているわけではない中でどこまで価値があるのか』『1日だけの訪問でどれぐらいインパクトがあるのか』『無料にした方がいいんじゃないか』といった声が出てきたんです」
「『一緒に戦っていると思っていた、一緒に価値を感じていると思っていた。でもそうじゃなかったんだ』とわかった時は、涙が出てきました。一番伝えたかった身近な人に伝わっていなかったんだと。今でも思い出すと心がギュッとなります」
その時、越智さんが取った行動は「体験者へのヒアリングに同席してもらう」ことでした。参加者や受け入れ家庭にインタビューをして感想やその後の変化を聞く作業を半年間、一緒にやってもらったのです。
「実際の利用者の声を直接聞いてもらったら、変わりました。『こういうふうに価値があるんだ』『その後もつながり続けている参加者と家庭がいるんだ』と知ってくれて、価値を共有することができました。

越智さんは現在、3歳と2歳の子どもを育てながら、3人目を妊娠中。会場からは「1日の流れを教えてほしい」という質問が寄せられました。
「私は基本的には『子供が保育園に行っている時間しか働かない』と決めています。8時半から17時半までの9時間が勝負。打ち合わせは10時から17時に限定しています。そして、土日は基本的にスマホを見ないようにしています。経営者はいつでも仕事ができてしまう。スマホを開けば仕事になる。だからこそ『見ない時間を作る』ことを大事にしています」
その限られた時間で生産性を上げるためのルーティンとして紹介されたのが「日記」です。
「朝8時半に、まず日記を書きマインドセットをしています。そして日本経済新聞を読んで社会の動向を把握する。9時までの30分間、このルーティンをすることが、仕事モードへのスイッチになっています。9時からはメールやSlackの確認・対応、10時以降は打ち合わせがどんどん入って、17時からの保育園のお迎えまでがメール対応などという流れです」
心身のメンテナンスについては、睡眠を最優先にしているといいます。
「睡眠時間を8時間以上確保しないと、私はメンタルが崩れやすくなります。今は子どもの寝かしつけで一緒に寝てしまい、夜9時には就寝、朝5時か6時に起きるというルーティンです。寝る前にスマホを見てしまうと『あれどうしようかな』と考えてしまうので、見ない。それが大事です」

属人化を防ぎ、チームを健全に保つために、越智さんは半年に1回、必ず1on1の時間を設けています。その中で大事にしているのは「今後継続したいこと」「新しくやってみたいこと」、そして「今後やめたいこと」の3つを確認することです。
「成長していく段階の組織だと、どんどんその人のミッションが増えていきます。『あれもやってほしい、これもやってほしい』となって、『あれ、元々これだけのつもりだったのに、どんどんやることが増えていってるな』となりがちです。だからこそ、お互いの認識をすり合わせてアップデートする機会を必ず設けています」
特に「やめたいこと」を聞くのは、本人からは言い出しにくいからだといいます。「今のmanmaにとってやった方がいいし…と思っていることもあると思います。でも、そういうことも含めて率直に言ってください、という時間を設けています」。経営者に対して言いにくいことを、あえて踏み込んで聞きに行く。その姿勢が、組織の健全さを保っています。

会場やオンラインから「収益化の壁」についての質問が相次ぐ中、越智さんは「細く長く続けること」の重要性を説きました。
「10年前、女性活躍が掲げられはじめた頃で、少子化の問題もそこまで大きくなっていませんでした。ライフデザインという言葉もほぼ知られていなかった。10年後にこうなるとは想像していませんでしたが、細々とでもやめずに続けていたからこそ、国や自治体の施策という追い風が吹いた時にチャンスを掴めました」
「ドカンと成功を目指すのではなく、『思いのある事業をやめない仕組み』をどう作るかが大切だと思います。続けてさえいれば追い風が吹くタイミングが来るかもしれない。大きく成功しなきゃというよりは、今の大切にしたい事業をどうやったら続けられるのか。そのためにはどんな仕組みを作れるのか。そこに思考を持っていくのも一つの手だと考えています」
最後は、manmaが掲げるエンドゴール「若い世代が家族形成について学ぶ機会を当たり前のように得ている社会」に向けた決意で締めくくられました。NPO法人化する際に「こういう社会になったら自分たちの団体はなくなってもいい」というゴールを定めたという越智さん。その日が来るまで、地道に、でも確実に歩みを進めています。

法政大学経営学部在学中にオーストラリア・シドニー大学へ留学しジェンダー学などを学ぶ。卒業後リクルートに就職。大学時代から関わっていた任意団体manmaの活動を継続し2021年にNPO法人化。
現在は代表理事として若者向けライフデザイン支援プログラム「家族留学」などを全国で展開。学生×共働き家庭の「家族留学」を通じて、子育て・ジェンダー・キャリア課題にアプローチ。Z世代女性起業家として注目される。